君らしく僕らしく

10年モノじゃにおた。今はやりの理系おたく@may__81

無題

私は関ジャニ∞が好きだ。

13歳の時から、24歳の現在までその強弱はあれ、好きという気持ちであることに変わりはない。

13歳の夏休み、ジャニーズが47都道府県回っていることをジャストか何かで知った。お地元にジャニーズが来るなら、行かせてみたいという母親の良くわからない考えから、そんなに好きでもなかったグループを気にするようになった。同級生に錦戸くんのファンの女の子がいて、たくさんDVDを借りた。安易に沼に落ちてしまった。10年越えてもぬけられないとは知らずに。

18歳の時。浪人するときに、絶対に今年で決める!その一心で開けてない8UPPERSのDVDを友人に預け、一年間茶の間で過ごした。そんな時、私を支えてくれたのはすばるくんのラジオだった。テレビも見てないけど、新しく発売するCDの形態についてやいやい言うすばるくんのお陰で、自らの環境を忘れることができた。

19歳の時。初めて関ジャニ∞のライブに行った。この世に本当に存在してること、テレビより人間味があること、テレビで聞こえて来るより歌が上手いこと。全部が衝撃的だった。

23歳の夏。暑いねえ暑いねえと文句を言いながら、ライブを楽しんだ。

24歳の春。もう最後が終わっていることを初めて知った。あんなに文句を言いながら楽しんだライブが、私が観る最後の7人だったと知った。

信じられないほど泣いた。家族友人のことでもこんなに泣いたことないくらい泣いた。正直今でもあまり受け入れられてない。すばるくんが、関ジャニ∞渋谷すばるではなくなることは、頭ではわかっている。でも、悲しくて悲しくて涙が出る。どうしたらいいかわからないけど、すばるくんにも今後頑張ってほしい、もちろん今まで通り応援するけど。それでもやっぱり涙は出る。

eighterという名前を付けてくれたすばるくんが、eighterを置いて旅立つと決めた時、私たちはすばるくんを引き止めるには力不足だったのだろうか。一方でeighterならきっと背中を押してくれるはず、と考えたのだろうか。きっとすばるくんにしかわからないだろうけど、やっぱりもう一度、関ジャニ∞渋谷すばるに会いたかった。